トマス・ジェファソン
独立宣言と信教自由法を起草。
ワシントンDCにあるジェファソン記念館には、合衆国第三代大統領であった彼、トマス・ジェファソンのもっとも有名な言葉が刻まれている。
「私は、人間の心に対するいかなる形の圧政に対しても、永遠に立ち向かうことを神の祭壇で誓いました」(ベンジャミン・ラッシュ宛、1800年の書簡)
豊かな作物と陽の光。大農園が広がるヴァージニア州ピートモント大地。彼は1743年にこの地で生まれた。
ヴァージニアでは、植民当初から「公教会制度」が存在した。いわゆる英国教会のみが公認の教会であり、十分の一教区税と呼ばれる税金で維持され、さまざまな特権を受けてきた。州の政治・経済の要職にある者の多くは英国教会の信徒であり、特定宗派を擁護したこの法律は、たぶんに一部の人々の保守的な政治勢力温存への思惑と結びついていた。
この公定教会派は、さらに政治による宗教への介入を画策し、1784年、美辞麗句で飾られた「キリスト教支持のための一般課税法」を邦議会に提出する。
キリスト教以外の宗教を信ずる者、あるいは宗教を信じない者の「信教の自由」を無視した独善的な法案に対し、ジェファソンは、後の第82法案(信教自由法)を起草し、人々に問うた。
旧勢力の反発は大きかった。が、ジェファソンのよき支持者であったジェームズ・マディソンが邦議会に宛てた請願書は、政教一致を是認する人々の迷妄を舌鋒鋭く指摘した。
「人はすべて同等の条件で社会の形成に参加するもの」
「自由に宗教を信ずる平等の権利に対する政府の干渉を容認することは、同じ政府による他の基本的権利への干渉を認めることに等しい」
この正義の言論は、やがて「旧階層の人たち」にも賛同され、ヴァージニア信教自由法の制定へと進んでいく。悪法との攻防戦の渦中、ジェファソン自身はアメリカ代表としてフランス駐在を余儀なくされるのだが、志を同じくしたマディソンら同志の闘争によって、信教の自由は勝ち取られていった。
ジェファソンはパリの地で豊かな芸術・文化に感銘しつつも、民衆の新天地アメリカの誇りある未来を確信していった。
「国王とか貴族とか僧侶たちが公共の幸福のよき管理者であると考えている人がいるならば、フランスに送ってよこしてください。称号を持っている人間には実際には大多数の人間の幸福を破廉恥に阻もうと同盟を組んでいる輩たちであることを、見るでありましょう」(友人宛の書簡)
彼が理想とした「自由の帝国」への道程は、何にも増して人々の心を縛る権力・権威・無知との戦いであった。
「アメリカ独立宣言とヴァージニア信教自由法の起草者ならびにヴァージニア大学の創立者」としての名のみを墓碑銘に残し、1826年、トマス・ジェファソンはピートモント大地の赤土に眠った。
(『潮』 1996年3月号 「ヒューマン・アルバム」)
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